2020年にデビュー20周年を迎えたバスクラリネット奏者・井上幸子さんのために作曲。多彩な音色が魅惑的なバスクラリネットと、それを自在に操る彼女が醸し出すバスクラの響きにドップリと浸り、そこから感じる世界観を膨らませて完成したのがこの作品です。本作は「海」をテーマにしていますが、海といっても普段目にする景色としての『海』ではなく、今回は『海の内側』を題材にしてみました。『海』をひとつの生き物としてとらえ、そこで人知れず繰り広げられる様々な自然現象を描写しています。バスクラの、特に低音の深く温かく懐かしい響きは、雄大で穏やかな『母なる海』を連想させます。

1.〈海遊〉- 深い海の中、太陽光がほんのり届く、青く光る水晶のような世界。奇妙な魚たちが悠遊と泳いでいるさまを描きました。ここでは波や流れは殆ど感じません。太古から続く地球の原風景がそこにはあります。  

2.〈海溝〉- さらに深い深い真っ暗な海。ここはまるで海の果て。魚たちの聖地なのか、墓場なのか。時間が止まった「静」の世界。生命の終わりを感じずにはいられないこの場所はしかし、海洋プレートが沈み込む境界、巨大な地球の息遣いが聞こえる場所。

3.〈流氷下のスケルツォ〉- 流氷の下には様々な生き物がいます。その代表格「クリオネ」の可愛らしい泳ぎ方はまるでダンスのよう。天井を氷で覆われていることも忘れるかのような躍動的で美しい世界がここにはあります。

4.〈月夜の誕生〉- 満月の日に出産するウミガメや様々な生き物、その神秘は我々生き物がこの地球と月の一部であることの証明。幾千も繰り返された命の循環の物語をバスクラが漂うように奏でます。生命の永遠性を象徴するかのようにフレーズを繰り返し、曲は静かに消えていきます。

Bass Clarinet in B♭

Piano